スペイン語の恩師、田中辰之助先生が亡くなられて50年に際し、
当時先生がわが母校の拓大の他、東海大学、慶応大学で教鞭を とられていた。
弟子仲間、約20人が寄稿する形で“CORAZON II”を6月に 発行。東京外大OBの先生のお仲間(文字通りスペイン語学会の重鎮揃い)
が当時のスペイン語学会誌に掲載した田中先生の思い出話も含めて今回の文集に転載させていただいたり、先生を岳父とする長谷川香料(株) の名誉会長の林良四郎さんとお孫さんも家族から見た先生について寄稿して頂いたので先生のお人柄がより立体的に浮かび上がる形で出来上がり、我々編集委員は
上出来と自負しております。
林さんから編集委員の労をねぎらいたいとのことで 9月3日新宿の”稲田屋”にお招きいただき番外編の思い出話等や94歳にして現役でダンディな
林さんの慶応大学時代の友人と2人ではじめた個人商店を一部上場企業まで育て上げた 貴重なビジネス経験談を聞かせていただいたりして大変有益且つ楽しいひと時をエンジョイ
させたいただいた。 大正末期に当時の商工省の肝いりで輸出振興のために約一年をかけて先生が中南米市場開拓 のため各地で展示会や現地での市場調査をしたレポートが国会図書館にあったのでその
レポート全ページはカントのホームページにリンクされている。
尚また当時の月刊雑誌、”中南米音楽”誌にスペイン語の歌の歌詞を活用した ”スペインごはこうやって覚える”の連載講座の一部も同じくリンクされている。
当時のラテン音楽ブームのきっかけになったトリオ・ロス・パンチョスの
やボクシングのパスカル・ペレス(当時のフライ級世界チャンピオン)の世話人 も務めていたのでお仲間からは私設外務省・民間外交官の呼び名もあったそうだ。
4人の編集員の内、2人は副業として大学でスペイン語、中南米事情等の講師を務める。 設楽知靖氏(東海大卒、千代田化工建設、中南米滞在20年以上 + 明治学院大学、神田外語)
山本厚子氏(慶大卒、文筆業、[野口英世は眠らない],etc + 早稲田大学、東京農大、日大) あと一人の編集委員の岡弘敏孝氏は拓大を卒業、パシフィックコンサルタントインターナショナル勤務で中南米
の多くのプロジェクトに係り、現役時代のエル・サルバドル、ドミニカ、チリ等の駐在を含めシニアボアランティアとしてもドミニカに貢献。 |